押絵と旅する男 / 江戸川乱歩

江戸川乱歩全集 第5巻 押絵と旅する男 (光文社文庫)
列車で出会った、押絵と旅をする老人。
老人が語ったのは、彼の兄の不思議な恋物語だった。


中学生の時に初めて読み、老人の兄だった青年の恋やつれの描写に怖いようなドキドキするような気持ちがしたのを覚えている。
恋の病という言葉があるが、確かに病的に見えた。今でも、これほどまでの恋はなかなか無かろうと思う。


それだけ煩悶しても本来なら叶わぬ恋だが、ついに青年は思いを遂げる。
奇妙な形ではあるが、彼は幸せになったのだろう。
いつか自分だけが年を取ることにさえ気付かなければ。
意外な顛末と共に、幾つか読んだ江戸川作品のなかでも特に印象的で好きな一作である。


作品全体に漂う幻惑的な雰囲気も良かった。
また、作中で青年は対象の女をただひたすら見つめるだけで、一緒になってからも傍に寄り添うくらいの描写しかないが、妙に官能的な雰囲気もある。
まさに江戸川乱歩独特の暗い色気というか。


古風でちょっと芝居がかったような文体も良い。
短い小説だが、古い映画を見たような気分も味わえると思う。